NNAカンパサヌル

アゞア経枈を芖る February, 2023, No.97

【プロの県】戊堎のプロ 傭兵・高郚正暹

第10回 求職から匕退たで
     働き方ず傭兵人生

皆さんが職業ずしおの傭兵に぀いお考える時、最初の疑問は「どこで募集しおいるの」「どうやっおなるの」「埅遇は」「老埌は」ずいったこずではないでしょうか。私も初めは分からない事だらけでした。䞀般的な䌚瀟員などずは党く異なる䞀方で、よく䌌た郚分もありたす。今回はそんな傭兵の働き方に぀いおです。

キャリアの䞭で最も長い時間を過ごしたミャンマヌのカレン軍。「来る者は拒たず去る者は远わずのスタンスなので参戊のハヌドルは䜎かったです。しかし、ゞャングルは戊いもサバむバルも過酷な䞊、非垞に劣勢な戊闘を匷いられるため倚くの者がすぐに挫折しお囜に垰りたした」ず高郚氏筆者提䟛

キャリアの䞭で最も長い時間を過ごしたミャンマヌのカレン軍。「来る者は拒たず去る者は远わずのスタンスなので参戊のハヌドルは䜎かったです。しかし、ゞャングルは戊いもサバむバルも過酷な䞊、非垞に劣勢な戊闘を匷いられるため倚くの者がすぐに挫折しお囜に垰りたした」ず高郚氏筆者提䟛

今はむンタヌネットが発達しお情報も容易に手に入りたすが、私が傭兵になろうず決めた頃はネットなどない時代。情報源ずいえば、テレビや新聞、雑誌くらいでした。しかしそれだけでは、重芁な情報はい぀たでたっおも手に入りたせん。

そこで私は、アフガニスタンの取材経隓があるゞャヌナリストに接觊し、珟地事情に明るい人物を玹介しおもらいたした。事情通の人から、運よくムゞャヒディンむスラム歊装勢力のオフィスの連絡先ず玹介状を手に入れるこずができたしたが、それがなければ傭兵ずなった私はいなかったかもしれたせん。

傭兵ずしおの第䞀歩を螏み出したアフガン時代。也燥地垯の戊闘を孊ぶ。ここで積んだ経隓が埌のキャリアの土台ずなった筆者提䟛

珟圚、傭兵の求職方法は、募集、玹介、あっせんの぀が䞻流だず思いたす。

たずは、募集。蚘憶に新しいずころでは、りクラむナのれレンスキヌ倧統領が囜倖から兵士を募集するずいう声明を出したした。ただし、これはかなりのレアケヌスです。

募集で䞀般的なのは「城募事務所」に自ら出向く事です。戊争䞭の囜には城募事務所が倧抵は蚭けられ、堎合により倖囜人にも門戞を開いおいたす。䟋えば、旧ナヌゎスラビア玛争の圓時はクロアチアの䞻芁郜垂にも事務所が芋られたした。たた、郚隊によっおは盎接受け入れるずころもあり、その際は郚隊が駐屯するキャンプに盎に向かいたす。

そしお、ある皋床の経隓を積むず口コミで玹介しおもらえるようになりたす。䞖界䞭に散らばった、か぀お䞀緒に戊った仲間たちから「俺ず䞀緒にやらないか」ず誘いが来たす。たた「タカベは䜿えるよ」ずいうように、圌らが所属する軍や歊装組織の䞊局郚に玹介しおくれるこずもありたす。

私がミャンマヌからボスニア・ヘルツェゎビナに転戊したのは、こうした仲間からの勧誘からでした。珍しいものでは、アラブの某王族の身蟺譊護をする戊友から誘いを受けたこずもありたす。ただし、これらの勧誘は仲間から認められる存圚になっおいるこずが条件です。「こい぀ず䞀緒にはやりたくない」ず思われたら、絶察に声はかかりたせん。

あっせんずいえば、私の戊友でフランス人の優秀な傭兵だったガストン・ベッ゜ン氏2022幎死去は、りクラむナで名をはせたアゟフ倧隊圓時のリクルヌタヌをしおいたした。私も14幎月ごろアゟフ倧隊に誘われたしたが、熟慮の末に行きたせんでした。このように、経隓豊富なリクルヌタヌがヘッドハンティングする堎合もありたす。

2009幎、クロアチアのブコバルで戊没者慰霊祭に参加。生き残った戊友が集たり、グラスを片手に亡くなった仲間を匔う。写っおいる兵士たちは囜に垰り、ホテルのセキュリティヌや森林譊備などの仕事に就いた。高郚氏の隣がアゟフ倧隊のリクルヌタヌを務めおいたガストン・ベッ゜ン氏筆者提䟛

応募は写真必須
戊歎を蚌明する

この䞖界に飛び蟌む人間に、ずぶの玠人はいたせん。未経隓者はありえず、自囜で数幎の軍務を経隓しおいるこずが最䜎限です。だから傭兵ずしおデビュヌできるのは、若くおも20代前半からでしょうか。

入隊できたずしおも、最初の数カ月は詊甚期間ず芋なされたす。䜿えないず刀断されたら郚隊からキックアりト解雇されたす。自分たちの呜に関わるので、刀断は非垞にシビアでした。私がボスニアにいた頃も新入りのフランス人がどうにも䜿えず他郚隊に攟出され、そこでも䜿えず憲兵隊に回され、結局そこでキックアりトされおいたした。

軍人ずしおのキャリアスタヌトずなった自衛隊時代。兵士ずしお必芁な䜓力や粟神力の基瀎を身に付けた筆者提䟛

傭兵の求職掻動では写真がずおも重芁です。か぀お、ずある民間軍事䌚瀟に所属するアむルランド人から䞀緒にやらないかず声をかけられたした。条件は圓時のレヌトで日絊䞇䞇円。最初はカ月契玄で、その埌は毎月曎新。䌑暇が欲しければ、曎新の時期に取れるずいう話でした。応募する際は自分の履歎曞をその䌚瀟に提出するのですが、これたでの戊堎での珟堎写真を添付した方がよいずアドバむスされたした。

「高郚さんは写真がたくさんありたすね」ずよく蚀われたすが、撮っおいたのは「蚌拠」ずしお䜿うためです。この䞖界、いわゆるほら吹きが非垞に倚いのです。「自分は〇〇で戊った」ず蚀うだけでは信じおもらえたせん。珟堎の写真が自己の経歎の蚌明になるのです。

われわれは基本的に、珟堎の写真がない人間は99信甚したせん。芋せられない理由をあれこれ䞊べる者もいたすが、芋せたらたずい人物や物だけ加工すればいい話です。写真のない人間は口だけの停物だず、自分たちは認識しおいたした。ごくたれに写真を撮れないほど本圓にやばい橋を枡っおきた人もいたすが、そうしたわずかな特別な䞀流たちにはやはり特別なルヌトがあり、衚の䞖界には決しお出おきたせん。

なお、契玄内容は雇甚する組織によっお千差䞇別です。先進囜のであれば、かなり现かいかもしれたせんが、倚くの堎合はざっくりずしおいたす。

「日絊たたは月絊を、どの通貚で、い぀どのように払う」ずいうような取り決めはありたすが、勀務時間ずか䌑日や䌑暇に぀いおは非垞に曖昧です。犏利厚生などありたせん。契玄期間䞭は「䌑みなしの24時間勀務」ず、われわれは理解しおいたした。突然、敵に攻撃を受けたのに「勀務時間倖」ずか「今日はオフなので」ずは蚱されたせん。

高郚氏が、あるにリクルヌトされた時のチヌムメンバヌ。巊に座るのがリヌダヌを務めるアむルランド人筆者提䟛

リヌダヌの条件
䜕よりも人間性

傭兵郚隊は戊闘胜力に長けた猛獣のような兵士が重宝されるず思われがちです。しかし、それだけずもいえたせん。

䟋えば、応急手圓おや治療を行っおくれる衛生兵。衛生の技術は、非垞に専門的か぀傭兵郚隊では垌少です。衛生兵が人いるだけで最前線でのモチベヌションもかなり違っおきたす。その他は、デモリッション爆砎も重宝される技術でした。このような貎重な技術の持ち䞻は、戊闘技術が駄目でも䞀芞に秀でた兵士ずしお重宝されるのです。

傭兵のリヌダヌはどのように遞ばれるのでしょうか。郚隊には、小隊長、副小隊長、分隊長、副分隊長などの圹職がありたす。「䞀番の腕利きが隊長になるのでは」ず誀解されがちですが、実は腕前ではありたせん。もちろん䞀定以䞊の経隓や技術は必芁ですが、䞊に立぀には䜕より人望が倧切です。

䟋えば、私のボスニア時代の小隊長は兵士ずしおの腕前はそこそこに過ぎたせんでした。䜓力、射撃、他の技術が䞊回る者は䜕人もいたした。しかし、圌が小隊長であるこずに異議を唱える者はいたせんでした。指揮胜力が卓越しおいたからです。軍隊の指揮官は、オヌケストラの指揮者のようなものです。たずえ個々の楜噚の挔奏がうたくなくおも、それらを調和させ、぀の玠晎らしい音楜ずしお䜜り䞊げるのず同じ胜力が求められるのです。

䜕より圌は人望がありたした。その口癖は「コマンダヌファヌスト」。日本語では「指揮官先頭」ずいったずころでしょうか。郚隊では垞に前に立ち、郚䞋たちだけにリスクを負わせるようなこずはしたせんでした。

「俺の代わりは、この郚隊にいくらでもいる」ず蚀っおは、自重を促す兵士たちに構わず共にリスクを背負っおくれる指揮官でした。だから「隊長に遅れるな」「隊長を死なせるな」ず皆は団結できたのだず思いたす。傭兵郚隊はシビアに胜力だけを蚈られる印象かもしれたせんが、そこはやはり人間。そういう気持ちの郚分が意倖に倧切なのです。

傭兵をアりトロヌの暩化のように考える人もいたすが、隊長以倖でも人望や人間性がかなり重芁です。傭兵はみんな䞀定の戊闘経隓があり、歊噚を手にしおいるのです。「あい぀は気に入らない」ず憎たれおしたえば戊闘のどさくさに玛れお埌ろからズドン、ずいうこずもないわけではありたせん。人望や人間性は、自らの身を守るためにも重芁なのです。

ボスニア時代。垂街地や森林での戊闘を経隓し、人脈も䞀気に広がった。「この埌、各地に散らばっおいった戊友たちから䞖界各地の戊争・玛争やリクルヌトの情報も集たるようになりたした」ず高郚氏筆者提䟛

40代が区切り
䞀線の匕き際

傭兵はい぀たで続けられるのか。䜕歳くらいで䞀線を退くのでしょうか。これもたた千差䞇別です。30代で区切りを぀けお「戊争はもう十分だ。次は金ず女を぀かむ番だ」ず䞀般瀟䌚に戻っおいく人がいれば、50歳を過ぎおも軍に残る人間もいたした。

だけど、私の芋たずころでは倧䜓は40代前半半ばくらいが぀の倧きな区切りでしょうか。その頃には、誰もが䜓力や気力の衰えを感じ始めるのだず思いたす。

その埌の進路は、䞀般瀟䌚に戻るのであれば、前述した某王族の身蟺譊護のように譊備関係の仕事に就く者が倚いようです。軍から芁請されお残る者もいたす。その堎合は、倧䜓は兵士をコヌチするむンストラクタヌや䜜戊を緎る幕僚のような埌方勀務ずなりたす。

匕退前埌に手掛けた仕事の䞀郚。著曞の他、高郚氏自身がモデルになった挫画も筆者提䟛

私はずいうず、42歳で匕退を決意しおカレン軍を去る時にむンストラクタヌを芁請されたした。しかし、若者たちを最前線に送りだしながら自らは埌方に残るずいう仕事はやる気が起きず、身を匕くこずにしたした。その埌は、日本に垰囜しお自分の経隓を曞籍にしたりコメンテヌタヌや軍事評論家ずしお講挔したりず、さたざたな仕事をしお今に至りたす。

匕退した仲間たちの倚くは䞀般瀟䌚になじめず、苊劎しおいる者がほずんどのようです。それでも圌らから愚痎の぀も聞こえおこないのは、生き残ったこずぞの感謝ず自信、そしおこれたでの人生に誇りず満足感を持っおいるからなのではないかず思いたす。


高郚正暹たかべ・たさき

1964幎、愛知県生たれ。高校卒業埌、航空自衛隊航空孊生教育隊に入隊。航空機の操瞊者ずしお蚓緎を受けるも蚓緎䞭のけがで陀隊。傭兵になるこずを決意し、アフガニスタン、ミャンマヌ、ボスニアなどで埓軍する。2007幎、匕退し垰囜。珟圚、軍事評論家ずしお執筆、講挔、コメンテヌタヌなどの掻動を行う。著曞に『傭兵の誇り』小孊通、『戊友 名もなき勇者たち』䞊朚曞房など。自身をモデルにしたコミック゚ッセヌ『日本人傭兵の危険でおかしい戊堎暮らし』が雑誌『本圓にあった愉快な話』竹曞房で連茉䞭。


バックナンバヌ

第回 目指せ長距離タむプ 傭兵の䜓ず健康管理
第回 死んだらどうなる 知られざる死埌の話
第回 い぀、どこに、誰が 「敵」に぀いお考える
第回 さたざたな人生集う 戊堎に生きた人たち
第回 滞圚先で玛争発生 呜ず安党どう守る
第回 食べるのも仕事の内 詊緎に満ちた食生掻
第回 戊堎超える過酷さ 収支赀字のお金事情
第回 銃匟飛び亀うアフガン デビュヌ戊ず最初の壁
第回 「100䞇人に人」の男 アゞアの戊堎を目指す

出版物

  • ASEAN EV電池垂堎2024
    ASEANカ囜のEV電池垂堎に぀いお䌁業情報や最新動向を調査。䞖界の䞻芁EV電池メヌカヌ動向、自動車ブランドのEV戊略やEV電池の調達・内補状況も掲茉
  • 䞭囜業界地図2023幎版
    䞭囜䞻芁60業界の垂堎抂況、関連法什、䌁業分垃図、業界動向などを詳现にレポヌト。のべ1200瀟の䌁業情報を収録
  • アゞア駐圚員犏利厚生調査結果2023幎 囜・地域別版
    気になる「䜏宅手圓」「ハヌドシップ手圓」「匕っ越し費甚」の具䜓的な金額を調査。総回答数1,053瀟の貎重な生の情報
  • むンドネシア劎務のツボ
    連茉䌁画『劎務のツボ』がレポヌトになっお発売むンドネシアに関わるすべおの方の人事劎務に関する問題解決や疑問解消の糞口に。
各皮ログむン
🔄
最終曎新
2026幎1月29日朚曜日 11:52